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奈良地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決 1960年7月26日

原告 鍵本信治郎 外二五名

被告 奈良県知事

補助参加人 富田宇市良

主文

原告鍵本信治郎、同若林末治郎、同若林好三郎及び同松井信義を除くその余の原告等の本訴請求は、いずれもこれを却下する。

原告鍵本信治郎、同若林末治郎、同若林好三郎及び同松井信義の各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の連帯負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告等訴訟代理人は

「別紙第一目録記載の農地について、奈良県高市郡畝傍町農地委員会が定めた買収時期を昭和二三年三月二日とする買収計画に基いてなした買収処分を被告が取消した処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を

被告指定代理人は、主文同旨の判決を夫々求めた。

第二、原告等の主張

「一、請求の趣旨中掲記の土地(以下本件土地と略称する。)は補助参加人富田宇市良の所有であつたが、訴外奈良県高市郡畝傍町農地委員会は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三条第一項第一号に基き、昭和二三年二月一八日、之を不在地主の所有する小作地で買収すべきものであるとして、買収期日を同年三月二日とする買収計画を樹立公告し、所定の手続を経た上で国においてこれを買収し、補助参加人においても何等の異議も止めず買収令書及びその対価を受領した。

二、しかし、被告奈良県知事は、本件農地に就き耕作の業務を営む小作農であつて自創法第一六条の農地の売渡の相手方となるべき原告等に本件農地を売渡さず、昭和二三年九月一八日、五年間売渡を保留する旨指定し、続いて原告鍵本信治郎、同若林末治郎、同若林好三郎及び同松井信義に対し自創法第四六条国有農地等の一時貸付規則第一〇条に基きこれを賃貸した。

三、補助参加人富田宇市良は、本件土地の買収に就き何等異議を唱えなかつたが、昭和二八年に至り、被告奈良県知事及び国を共同被告として右農地買収処分の無効確認を求めて訴(当庁昭和二八年行第一号事件)を提起したところ、同年八月二〇日、右訴訟の当事者間で被告奈良県知事は右買収処分を取消し相被告である国は右取消処分を認める旨の訴訟上の和解が成立し、そして、被告奈良県知事は、右和解に従つて昭和二八年一〇月一日右買収処分を取消し、その旨補助参加人に通告した。

四、しかし右取消処分には次のとおりの違法の点がある。

(イ)  右取消処分により取消された本件土地の買収処分された本件土地の買収処分には、当然の無効を来たす重大かつ明白な瑕疵はなく、又異議訴願もなされなかつた。

即ち、昭和一三年頃、本件土地の所有者であつた補助参加人の亡父からその管理(他に貸与することも含む。)及び耕作を委託された原告若林佐太郎は、之に基きその頃から本件土地の耕作を始め昭和一五年頃から昭和一八年頃にかけて他の原告等全員に別紙第二目録記載のとおり賃貸し、各原告等において開墾して、自創法による買収当時には、本件土地は同法所定の小作農である原告等が賃借権其他の権利に基き耕作の業務の目的に供している農地となつていた。そして、補助参加人は本件土地のある市町村の区域外に住所を有していたから、自創法第三条第一項第一号の小作地として本件土地は買収されたものである。仮りに、本件土地を耕作するについての賃借権又は使用貸借上の権利を原告等が有しなかつたのにこれを買収した違法があつても、農地であることに相違はないから、重大かつ明白な瑕疵とは言えない。又、本件土地は自創法第五条第四号に定める土地にも該当せず、又、県知事の指定もなかつた。同様に、自創法第五条第五号に定める土地にも該当せず、県又は町農地委員会の指定もなかつた。仮に、本件土地が右法条に該当しながら、県知事又は県及び町農地委員会の指定がなされなかつたとしても、その事実は抗告訴訟の理由とはなつても買収処分の当然無効をもたらず程の重大かつ明白な瑕疵にはあたらない。そして、買収手続にも何等の瑕疵もなかつた。

(ロ)  右に述べた如く、本件土地の買収処分には重大かつ明白な瑕疵はなく、仮に取消原因にあたる違法があつたとしても、本件土地の買収処分について異議訴願もなく出訴期間も徒過しているから、抗告訴訟は許されずこれを争う余地はないからして、右行政処分の瑕疵は治癒し従つてその瑕疵を理由に之を取消すことはできない。このような場合にあつて無効原因のない本件買収処分を無効として取消す旨の訴訟上の和解をし之に従つてなした本件取消処分はそれ自体に重大かつ明白な違法があり当然無効である。

五、原告等は、右に述べたとおり本件土地の小作人であり、本件買収処分の取消処分が無効であるときは当然自創法第一六条に基き本件土地の売渡を受け得る法律上の地位を有するから、本件買収処分の取消処分の効力につき確認を求める訴の利益がある。」

第三、被告並びに補助参加人の主張

「一、本案前の抗弁

本件土地につき買収後原告等に売渡の計画は樹立されていないし、又、原告等は後述のとおり小作人ではなく、仮に小作人としても耕作面積が少い非専業農家で、自創法第一六条の売渡の相手方に該当しない。仮に、右の売渡の相手方となり得る期待的地位を有するとしても、これを行政法上権利として法的に保護すべきではない。もつとも、被告奈良県知事は、原告松井信義、同鍵本信治郎、同若林末治郎及び同若林好三郎に本件土地を自創法第四六条国有農地等の一時貸付規則第一〇条に基き一時貸付したから、同人等は確認の利益を有するが、その余の原告等は国と右の契約を結ばなかつたから耕作権限を有せず、その本件請求は確認の利益なしとして却下を免れない。又、本訴請求は行政処分の取消の取消を求めるものであるから、裁判所が当初の行政処分をする事を求めるに帰し、又買収処分の取消処分は所有者の権利を剥奪するものでないから、行政庁の自由裁量に委ねられたもの、従つて行政訴訟の対象となり得ないものと言うべく、不適法であるので却下されるべきである。

二、本案につき、1原告等の主張事実中、一ないし三の事実(但し、奈良県高市郡畝傍町農地委員会が本件土地全体の買収の決議をしたとの点を除く。)は認める。

2 同四の事実中、昭和一三年頃の本件土地所有者は補助参加人の亡父であつたこと、本件土地を原告等が別紙第二目録記載のとおり占有耕作していた事実、本件買収当時、補助参加人は本件土地所在の市町村の区域外に住所を有していたこと及び自創法第五条第四、五号に定める県知事又は県、市町村農地委員会の指定が本件土地についてなかつたことは認める。その余の点は争う。

3 即ち、本件土地は農地ではなかつた。本件土地は高台で農耕に適さない。そもそも、本件土地は旧橿原町の中心部でもあり近幾日本鉄道橿原神宮駅東出口に接し市街地として発展を予想され、補助参加人の先代が昭和一〇年富和園住宅地建設の目的でこれを買受けたものであつて、そして又、戦前の皇紀二六〇〇年祭記念事業の一環として橿原神宮神域を中心に計画された都市建設予定地のほぼ中心部で、右都市計画のための畝傍都市計画による橿原土地区画整理(都市計画法第一条の規定による都市計画として昭和一三年五月六日同法第一三条の規定に基き内閣の認可を得て更に同年一一月一六日奈良県知事が右土地区画整理設計につき内務大臣の認可をうけて施行)の中心部にも位置し、右区画整理に定められた公共減歩をうけ、右区画整理の完成と共に整然たる宅地に造成されて昭和一九年一二月換地処分により補助参加人に換地交付されたものであるところ、原告等は、戦中戦後の食糧不足に休閑地利用の家庭菜園として無断で耕作していたに過ぎない。そして、少くとも本件土地中の相当部分は農地ではなく雑地である。

4 又、本件土地は、自創法第五条第五号の土地に該当しないとの原告等の主張は否認する。本件土地は仮に農地であつたとしても、右に述べたように右法条所定の近く使用目的を変更するを相当とする土地に該当するから、畝傍町農地委員会は県農地委員会の承認を得て買収除外の指定をなすべきあつたのに之をせずして買収計画を樹立したのは違法で、これに基く本件買収処分も亦違法である。

5 又、畝傍町農地委員会が本件土地全体の買収計画を樹立し、その決議をしたとの点は否認する。同農地委員会は本件土地中に相当含まれている雑地を調査特定の上之を除外してその余の部分のみにつき買収計画を決定すべき旨決議したにすぎない。しかるに事務上の手違から本件土地全体の買収決議があつたものとして買収の手続が進められたもので、買収計画を直接かつそれ自体で決定した決議はなく、かりに右の決議が買収計画のそれであつても雑地を除外してする趣旨で、右決議と本件土地全部の買収を定めた計画書及び買収令書との間には意思と表示の不一致がある。

6 又、本件土地の耕作者の原告等が、小作人であるとの点を否認する。原告等は前記の如く家庭菜園として何等の権限なくして本件土地を耕作していたものである。

7 右に述べたとおり、本件買収処分には、農地でない土地を農地として買収した点、雑地が含まれているのに農地として買収した点、小作地でないのに小作地として買収した点、自創法第五条第五号の近く使用目的を変更することを相当とする本件土地について同法所定の指定を受けずして買収した点及び買収の決議が存在せず又は存在する決議のとおりに買収手続がなされなかつた点に違法があり、因て取消されたものである。そして、本件各土地については買収処分がなされただけで、売渡処分はなされていなかつたので、右取消により失われる私人の権利又は利益とこれにより得られる公共の利益とを比較すれば、後者を優先させるべきであるから、右取消には何等の違法の点はない。」

第四、立証関係<省略>

理由

一、本案前の判断

原告等は、自創法第一六条に基き本件土地を国から売渡されるべき法律上の地位ないしは利益を有することを主張して、行政庁である被告と補助参加人間の法律関係の存否につき確認を求めるものであり、而して原告等がそれぞれ本件買収処分当時、本件土地の内のその主張の部分を耕作していたことは弁論の全趣旨によつて明らかであるが、本件審理に現われたすべての証拠によつても、原告等主張の如く原告若林佐太郎が全原告等の耕作中の本件土地を補助参加人又はその先代から借受け又は之を第三者に貸与する権限を授与されたことを認めるに足りる証拠はない。尤も、成立に争のない乙第一三号証の三によると、原告若林佐太郎は、昭和一三年頃から、被告主張の橿原土地区画整理事業の進展に伴う本件土地の土砂盗難防止等のための管理を被告先代からたのまれ、その管理のかたわら自ら一部を耕作し、又実弟の原告若林末治郎に耕作させたこと、他の原告等は無断で耕作していることが認められるが、右乙号証によると本件土地は被告方に於て住宅地経営のために所有し、かつ右目的に適するものであることが認められるから、右管理耕作の事実があることを目して自創法の小作地とみるべきではなく、従つて又右耕作者を小作農とみるべきではない。そうすると原告等はすべて自創法に言うところの小作農ではないから同法第一六条に基き買収土地の売渡を受ける資格はない。従つて、国から一時貸付を受けた後述の原告鍵本信治郎、同松井信義、同若林末治郎及び同若林好三郎を除くその余の原告等は、被告奈良県知事と補助参加人間の本件土地の買収処分の取消処分の効力の有無について確認を求める利益はない。因て右原告等の本訴請求はいずれも却下を免れない。

次に、原告鍵本信治郎、同松井信義、同若林末治郎及び若林好三郎の関係について考察するに、同原告等が国から本件土地の一部を自創法第四六条国有農地等の一時貸付規則第一〇条に基き一時貸付を受け、そしてその主張の頃、右貸付の解除処分をうけたことは当事者間に争がない。そして、右法条は廃止後農地法第七八条同法施行規則第一五条に引継がれているので、本件買収処分の取消処分の無効確認訴訟に於て同原告等の勝訴が確定した場合には、成立に争のない乙第一号証によると、右一時貸付の解約処分は無効であるとして、その効力を争い得る関係にあるから、同原告等は、被告奈良県知事と補助参加人間の本件土地買収処分の取消処分の効力の有無につき確認を求める利益がある。よつて同原告等の本訴請求について本案の判断に入ることとする。

二、本件土地は、以前補助参加人先代の所有であつたが、のちに補助参加人が相続により取得したところ、訴外奈良県高市郡畝傍町農地委員会は昭和二三年二月一八日、自創法第三条第一項第一号に基き、本件土地について、不在地主の所有小作地として、買収期日を同年三月二日とする買収計画を樹立公告し(但し、同農地委員会が本件土地全体の買収の決議をしたとの点は除く。)、所定期間縦覧に供した上で、国に於てこれを買収したこと、被告奈良県知事は、之を直ちに売渡す処分をなさず、同年九月二八日、五年間売渡を保留する旨の指定をし、その間前述のとおり原告鍵本外三名の原告等に一時貸付けたこと、昭和二八年補助参加人は本件被告及び国を共同被告として、本件土地の買収処分が無効であることの確認を求めて訴(当庁昭和二八年(行)第一号事件)を提起したところ、右訴訟の当事者間で、同年八月二〇日、被告奈良県知事は右買収処分を取消し国はこれを承認する旨の訴訟上の和解が成立し、被告奈良県知事は之に基き同年一〇月一日右買収処分の取消処分をしてその旨補助参加人に通告したことは当事者間に争いがない。

三、原告等は、本件買収処分は適法に行われ、仮に瑕疵があるとしても、重大かつ明白な瑕疵ではないので、出訴期間徒過後に之を取消した処分は重大かつ明白な瑕疵があると主張し、被告は本件買収処分が適法に行われたとの点を否認するので、この点について判断すると。

成立に争のない乙第一三号証の一、二、三、第二〇号証、第二二号証及び第一、二回検証の結果並びに弁論の全趣旨によると、本件土地は近畿日本鉄道橿原神宮駅東出口に接し市街地として発展が予想された補助参加人の先代が昭和一〇年頃富和園住宅地経営の目的でその所有権を取得したもので、昭和一五年の皇紀二六〇〇年祭記念事業の一還として計画された畝傍都市計画による橿原土地区画整理事業の施行をうけ、右区画整理の完成と共に減歩の上、従前の本件土地が補助参加人に換地交付されたこと、右区画整理の結果本件土地は一団の土地として西側は右近鉄の路線に、東側と南側は道路に面し、その後昭和二八年頃までにその北部の隣地には畝傍中学校が建築され南側には人家が散在していたこと、本件買収当時原告等四名が本件土地を耕作していたのは食糧難のため家庭菜園的に無断でしたこと、右買収計画樹立当時に隣地周辺が右の如く近く宅地化することが予想されて、買収計画樹立に際してもそのことが協議され、そのために買収後本件土地の売渡処分が保留されたことが認められる。右事実によると、本件土地は、買収当時一応農地化されていたが客観的には近く使用目的を変更することを相当とすると解されるから、これを買収したのは違法で、その瑕疵は重大かつ明白というべきで従つて右買収処分は無効と解する。従つて右買収処分の取消処分は、これによつて原告等四名のうける不利益を考慮するまでもなく、適法有効である。

四、仮に右判断が失当であるとしても、本件土地が小作地ではなかつたことは前示一に認定のとおりであるから、之を小作地として買収した本件処分は、この点からしても取消原因たる瑕疵のあるものである。

ところで、右に述べたとおり、原告鍵本信治郎等四名が本件土地を国から一時貸付けられたことは当事者間に争がないが、そもそも右一時貸付は買収土地が自創法の目的実現の為売渡されるまでの本来一時的のもので、売渡がなされるか又は買収処分に瑕疵があつて、そのため違法として買収が取消されるときは、貸付も終了することを予想しておるものである。そして右の次第であるから本件買収処分の取消処分は当然これを理由とする右一時貸付の解約処分をもたらし、その事によつて原告鍵本等四名の既得の権利を侵害することとなるが、前述のとおりの一時貸付の一時性からすると、瑕疵ある行政処分の取消それ自体の中に、右原告等の権利侵害を正当化するだけの公益上の必要が認められるから、本件買収処分の取消処分は適法有効である。

五、原告等は右取消処分は本件買収処分についての出訴期間徒過後になされたものであるところ、このような場合、買収処分に重大かつ明白な瑕疵がある場合のみ取消処分は適法で、そうでない場合の取消処分は無効であると主張するが、裁判所が抗告訴訟において取消す場合には格別、行政庁自体が取消すについては、公益上の制限に服して取消が許されないと解される場合を除いてその他の場合には、何時でも取消すことができるとすべきで、このことは、出訴期間の経過の前後によつて別異に解すべき理由はなく、その所論はいずれも採り得ない。

以上右原告等四名の本訴請求はいずれも理由なく、失当として棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 今富滋 野田殷稔)

(別紙目録省略)

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